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マーケティングとは?
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- マーケティングをセリング(販売)と誤解していませんか?マーケティングとは何なのか。マーケティングの定義の変遷と、その歴史を大づかみで説明します。
- toc
1. マーケティングとは販売戦術のことではない
「低コスト最短最速の企業ホームページ制作」でも少し説明しています。
日本企業は概ね「戦術」で考えるのが常識となっています。すなわち、マーケティングとは、セリング(販売)のことであり、マーケティング施策するとは「いかに売り込むか」その手法(=戦術)を企業は求めているのではないでしょうか。
私などが説明するよりも、大御所コトラーの意見を聞いてみましょう。
マーケティングの位置づけが、どのように変遷したのかを図解しています。もしもマーケティングがセリングならば、企業活動全体から切り離された、一部分である、ということになりますが(=戦術)そうではなく、(5)「顧客を中心にして、各部門を需要創出に向けコントロールする」が正解です。マーケティングは顧客を中心に企業活動のすべてに関わっています。つまり「戦術」ではなく「戦略」として捉えるのが正しいわけです。
ここまで徹底するのは難しいかもしれませんが、少なくともマーケティングは「セリングではない」ということを、強くお伝えしたいです。
戦術志向で、バラバラに捉えていると、何が問題なのか?高コスト体質になります。マーケティングの位置づけの変遷は、ムダな削ぎ落としの進化系なのです。また戦略は全体構成で管理コントロール可能ですが、戦術は部分の寄り集まりで、それぞれが経費を吐き出すため、経営視点では、より判断が難しくなるでしょう。
2. マーケティングの定義について
アメリカ・マーケティング協会
Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.
マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである。(2007年)
日本マーケティング協会
マーケティングとは、企業および他の組織1)がグローバルな視野2)に立ち、顧客3)との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動4)である。(1990年)
1)教育・医療・行政などの機関、団体などを含む。2)国内外の社会、文化、自然環境の重視。3)一般消費者、取引先、関係する機関・個人、および地域住民を含む。4)組織の内外に向けて統合・調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション・流通、および顧客・環境関係などに係わる諸活動をいう。
どちらも共通しているのは、顧客や販売だけでなく、その先の社会まで見通しているところです。
と書けば、身振り大きく、大げさに聞こえるかもしれません。社会やグローバルを「時を読む」という視点で見てみましょう。かつ顧客の承認を得なければリーチできません。視点を変えると、見え方が変わります。現実を、そのまま写し取っているさまが、よく分かるのではないでしょうか。
もう1つ共通しているのは「総合的である」プロセスから全て含まれています。先のコトラーの説明を思い出してください。バラバラに施策することではなく、有機的につながりあった各要素や部門などが、一連の流れとして、顧客や取引先と関わり、また提供されます。その全ての活動がマーケティングです。
その全ての活動がマーケティングなのに、
なぜネット/リアル、ホームページ単体が、バラバラに施策されるのでしょう。それぞれの専門が分業化しているだけで、その分業を束ね、統合された、根拠となる共通項のないままに、どのようなマーケティング活動が可能なのでしょうか。各自が目標とする数字を目指し、部分が部分として寄り集まるだけです。それらを貫く、マーケティング活動の根拠がありません。
allMU DX も「総合マーケティング」と謳っています。ネット/リアルの別なく総合的な活動を推進しています。マーケティング活動の根拠としては「MUマーケティング」を提唱しています。
日本マーケティング協会「マーケティング定義委員会」PDF
宇野政雄 早稲田大学商学部教授(3p)
組織体内部においてはこれらの諸活動を単に1部門の課題として考えるのでなく、トップから第一線に至るすべての関係者がそれぞれの領域において、これらの諸活動をいかに総合して展開してゆくかが問題とされねばならない。このようなマーケティングの基本的考え方を前提にして、その検討を通して顧客満足の実現と、そのための実践をする組織体の存在発展の調和を作りだすために、組織体と顧客とのよき関係づくりを行うところにマーケティングの本来的意味があると言えるのではなかろうか。
3. マーケティングの歴史
3-1. アメリカ経済の大まかな流れ
19世紀前半の産業革命を経て、アメリカは鉄道の発展とともに経済も発展し、大量生産への道を歩み、国内市場は拡大、競争激化、優勝劣敗が如実にあらわれ、企業統廃合が進み、寡占化経済へと移行します。
3-2. セールスマンの変遷
ペドラーやドラマー(移動商人)が地方巡回し、戸別訪問したのが原型です。1,000人(1860年)93,000人(1900年)いたと言われています。1880年代以降、工業発展により市場激化「いかに販売拡大する」が課題になります。もっと科学的に標準化されたセールスを模索します。
ここで、少し立ち止まって、振り返ってみましょう。
マーケティングが「セリング」ならば、この初期のセールスマンと同じです。
橋本勲氏によれば、セールスマンシップは以下のように変遷したようです。
(1)売手中心主義の「顧客に売りつける技術」
(2)売手買手相互主義の「相互の利益のために顧客に買うよう影響を与える能力」
(3)買手中心主義の「顧客が満足な購買ができるようサービスする技術」
売るための戦術とは「売れるノウハウ・テクニック」という意味で皆さん仰っているでしょうから、橋本氏の分類によれば(1)に該当します。
マーケティングを「セリング」だと解釈すると、時代を逆行します。お客様は今現在を生きているのに、売り手は100年〜200年遅れた売り方をしている、ということです。そして重要なこと、セールスとマーケティングは別物です。セールスは売ること自体を言いますが、マーケティングは総合的である、と先ほど説明しました。
3-3. マーケティングの誕生
マーケティングは、1900年代に入ってから、学問としても確立して行きます。
アメリカ経済を振り返れば、食材も行き渡らないほど物不足で、これをカバーするためにも大量生産必須だったわけですが、やがて行き渡り、競争激化するに従い「どのように売るか」が問題になります。生き残りを賭けて知恵を絞り出す時代がやって来ます。
これは日本も同様です。
戦後、焼け野原(物不足)から立ち上がり、1960年代に高度経済成長を遂げ、日本列島改造論により、鉄道や道路などのインフラを整備し、動脈を日本中に張り巡らせました。アメリカが物不足から鉄道を敷いて、全国に物流網を構築したのと理屈は同じです。その時は日本もアメリカも「どのように売るか」という問いは、それほど切実なものではなかったのです。
日本の場合、バブル経済が崩壊し、失われた20年に突入するわけですが、アメリカの場合は南北戦争が大きなエポックとなって、何度か恐慌を経験し(1873年以降の25年間等)日本もアメリカも、この辺から難しくなってきます。「どのように売るか」が重要課題となりました。
時代背景、その移り変わりとともに、アメリカ・マーケティング協会の、マーケティングの定義も変遷します。
1935年:
マーケティングとは生産地点から消費地点にいたる商品及びサービスの流れに携わるもろもろの事業活動である。
1960年:
マーケティングとは、生産者から消費者または使用者に向けて製品及びサービスの流れを方向づけるビジネス活動の遂行である。
1985年:
マーケティングとは、個人や組織の目的を満たす交換を創造するために、アイデア、製品、サービスの概念化、価格づけ、プロモーション、流通を計画し実行するプロセスある。
2004年:
マーケティングとは、顧客に対して価値を創出し、伝達し、提供し、また組織とそのステークホルダーに利益をもたらすやり方で顧客関係を管理するところの、組織的機能であり、かつ一連のプロセスである。
素朴な定義から始まり、だんたんと複雑に、範囲も広くなりました。
学問となれば、定義の完成度に納得できない先生方もおられるでしょうけれども、我々が、ここで学ぶべきことは、定義の変遷は、そのまま社会の変遷であり、またお客様の進化でもあります。
私はよく冗談で「お客様のプロ化」と言ったりします。たとえば1935年のお客様と、2022年のお客様では、欲求、感覚、思考、その他すべてが異なります。この情報化社会、スマートフォンを手元で操作し、日々情報のシャワーを浴びるお客様を相手に、小手先ノウハウ・テクニックでマーケティング施策したつもりでも「それアップセル?」などと、お客様が仰ったりします。「そういう売り方は信頼を失うよ?」と SNS に書かれていたりします。プロ化したお客様は、こちらの手の内を見透かして苦言を呈することも、しばしばです。いや誰もがそうではないと反論したくなるかもしれませんが、もはや売り手と買い手が明確に分かれていない時代であることは間違いないでしょう。マーケティングは全体構成ではありますが、その中心には「今を生きる顧客」がいることを、私自身も、自戒を込めて、忘れてはならないと思います。
参考:『アメリカ・マーケティングの生成』小原博/中央経済社